大阪うどん・うどん・そば・ラーメンの麺一筋    《 麺一筋 》 大正7年創業 ・ 味と心で確かな実績
 株式会社 吉 野 商 店 〒563-0048 大阪府池田市呉服町10-18
TEL. 072-751-6992 FAX. 072-751-7267
     E-mail:info@yoshino-men.co.jp
トップ・ページ > あゆみ サイト・マップ 
大阪うどんの吉野商店
大阪うどんの吉野商店/商品のご案内
大阪うどんの吉野商店/大阪うどん あれこれ
大阪うどんの吉野商店/オリジナル麺
大阪うどんの吉野商店/うどんの製造工程
大阪うどんの吉野商店/工場設備
大阪うどんの吉野商店/会社概要
大阪うどんの吉野商店/主要取引先・仕入先
大阪うどんの吉野商店/アクセス
あ ゆ み
 今、ここに吉野商店のあゆみを振返ってみますと、好況な時もあれば激動の時代と呼ばれた非常に厳しい時代もありました。

 当社を取り巻く政治・経済・社会環境は創業当時から較べると数々の歴史的な大事件を経て大きく様変りしてきています。
しかし、永年に及ぶ毎日の地道な積み重ねが今日の私共吉野商店を形作って来たのです。

 今後も皆様のより豊かな食文化の創造に貢献し、時代を超えていつまでも皆様に愛され続ける吉野商店でありたいと願っています。
大正元年
  (1912年)
乾物問屋「清滝商店」(現・池田銀行の前身)へ就職間もない頃の初代・吉野商店社長。(手前左側)
同店の上司・同僚等と共に。初代社長は、わずか13才。
以後大正7年に吉野商店を興し独立するまでの約7年間の間、商売の基本を身を持って学ぶ。
大正7年
  (1918年)
池田市新町に吉野商店創業当時(大正7年)の初代社長。(後列右側)
揃いの半纏・前掛けが初々しい若い従業員等と共に。
初代社長も弱冠21才。眼光鋭く意気込みに燃えた若き日の初代社長の凛々しい姿。
当時はうどん製造のほか、問屋として石炭・昆布・鰹節などを商い、馬車で配達をしていた。
昭和10年9月
  (1935年)
池田市新町より同市栄町1丁目734番地に移転。
同時に法人、生麺業株式会社吉野商店を設立。
資本金20万円。代表取締役に主原宇市就任。(初代)
昭和12年
  (1937年)
旧陸軍省御用達に使用していた社用車。
自動車がまだかなりモダンな高級品であり珍しかった頃。既にこの頃から吉野商店が大きな信用を得ていたことがうかがえる。
ちなみに一番手前の少年が当時7才の二代目社長。
昭和17年
  (1942年)
初代社長、従業員等と共に。(前列中央)
ヘアスタイルや服装などから、徐々に軍国化しつつあった当時の風俗がうかがえる。
昭和19年
  (1944年)
初代社長、干しうどん配給に際し、店舗の前で。(写真中央)
当時の国民生活はますます混迷の度合を深め、物資の不足からあらゆる品物の流通が配給制度により厳しく統制化されていた。
昭和20年
  (1945年)
終 戦
昭和21年
  (1946年)
食料公団の依頼によりうどんの配給を行う。
昭和31年10月
  (1956年)
毎日新聞池田専売所として吉野新聞舗を発足。
昭和33年
 3月10日
  (1958年)
日清製粉(株)社長 正田英三郎氏(当時)と歓談する初代社長。(右側)
皇太子殿下と美智子妃殿下(当時)の婚約披露パーティー席上で。
昭和35年9月
  (1960年)
事業拡大のため資本金を4倍に増資、80万円
昭和38年11月
  (1963年)
池田市栄町1丁目734番地(現、UFJ銀行池田支店)から、
立退きにより同市呉服町10番18号に移転。
工場を設置して営業を開始。
同時に代表取締役に主原章次就任。(二代目)
前代表取締役 主原宇市は会長として事業に従事。
資本金2.7倍に増資、215万円。
昭和41年11月
  (1966年)
設備近代化をはかり、全国にさきがけ完全オートメーション生麺製造装置を設置。
納入先は諸官庁をはじめとして100軒余となる。
昭和43年
  (1968年)
初代社長、ヨーロッパへ視察のため渡航。(左から2人目)
このとき初代社長は全国製麺共同組合主催のヨーロッパ食品視察団のメンバーとして同組合の故三田理事長等と共に参加した。
昭和46年10月
  (1971年)
石橋工場及び天ぷら工場を新設。
    同年12月 二代目社長、
日清製粉(株)社長 正田英三郎氏(当時)と共に。(左側)
日清製粉 神戸第2工場 竣工式の披露パーティー席上。
昭和47年12月
  (1972年)
資本金4倍に増資、860万円。
売上増加し納入先も400軒以上となる。
昭和49年3月
  (1974年)
本社工場の一部改築。
    同年6月 うどんライン、やきそばライン増設。
昭和54年6月
  (1979年)
水ろ過装置設置(1時間当たり47t)
昭和57年3月
  (1982年)
本社工場の増改築。
    同年6月 うどんライン、やきそばライン、生中華ラインの新機種導入。大型チルド機新設(チラーユニット40馬力)大型冷蔵庫新設。品質検査室新設。
    同年8月 売上増加、納入先500件余となる。
昭和58年
  (1983年)
冷凍麺の製造に着手。
昭和59年
  (1984年)
コンピュータ導入。
    同年6月 やきそばライン、真空ミキサー増設。
昭和60年2月
  (1985年)
コンピュータ増設。
    同年6月 スープ製造機増設。
    同年9月 大型冷蔵庫設置。
昭和61年2月
  (1986年)
冷凍ライン増設。
    同年3月 大阪府能勢町に工場用地1600坪を取得。
    同年6月 二代目社長、日清製粉(株)新社長 正田修氏と共に。(右側)日清製粉新社長 正田修氏 就任披露パーティーの席上に於いて。
    同年8月 売上9億円となる。
    同年11月 創業70周年を迎える。
平成02年
  (1990年)
日清製粉(株)記念式典に列席。
(右より1番目:正田修社長
    2番目:弊社二代目社長
    3番目:弊社三代目社長)
平成03年10月
  (1991年)
滋賀県守山市平和堂内にパイロットショップを出店。
平成04年11月
  (1992年)
京都京極商店街に2号店出店。
平成07年11月
  (1995年)
代表取締役社長に主原稔也就任。(三代目)
平成11年11月
  (1999年)
本社工場全面改装。
お取引先様を迎え披露パーティーを行なう。
日清製粉(株)正田修社長来社。
平成20年10月
  (2008年)
生産設備増設。
平成20年12月
  (2008年)
スープ製造ライン増設。
Copyright(C) 株式会社 吉野商店 All Rights Reserved 無断転用・複製を禁ず。